現代の寓話としての物語

このセクションは、私の知り合いで、人には見えないものが見えたり聞こえたりする能力を持った人(仮にMさんと名づけましょう)から聞いた話をまとめたものです。

当然、Mさんの話は普通の世界しか知らない私にとっても理解しがたい物でもあります。しかし、私はMさんと関わりを持ったという事実より、その彼女の話を出来るだけ正確に記事にしようと思いました。

この中に書かれている物語は一種の現代の寓話(お伽話)だと思って読んでいただければありがたいと思います。その中で語られている世界は、もしかすると実在するかも知れませんし、実在しないかも知れません。

これら物語を科学的に実証しようとしてもそこにあまり意味はないとも思います。

しかし、その中で語られる物語の中には、もしかする皆さんの心に響く事もあるかも知れません。



乙文殊宮 1

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2008年11月、私は佐賀県大和町にある巨石パークそばの「乙文殊宮」の前に立っていた。そこは国道363号線から、細い山道を徒歩で登って行った所にあり、山歩きなどしたことのない私にとってはゆうに4~50分はかかる場所だった。しかし、今回はほとんど脅しに近いかたちで行かされ、行った先になにがあるのかまったく見当もつかなかった。

編集者:「お脅し」とは、神様からの指令のことです。

必死で辿り着いた山頂にはベンチが一つと小さなお宮があった。そのお宮がこの後いろんな事件の発端となる「乙文殊宮」だった。そのお宮を見て私は唖然とした。


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その落書きの多さが尋常ではないだ。ここまで辿り着くのも一苦労なこのような場所になぜ?土地的にはかなり「気」の良い場所なのにこのお宮の落書きのせいで、おそろしいほど淀んでいた。

”神様が私をここに無理やり連れてきたのはここを浄化しろってことかしら。私はどちらかというとシャーマンに近いので、媒体にはなっても、力技は苦手なん だけど・・・・・”

そう思いながらもここまで登って来たのだからと、一応一通りやってみることにした。光のイメージを放射させると、お宮の中に小さな巫女さんの姿が見えだした。30センチくらいの小さな子供のようなかわいい巫女さんだ。

その小さな巫女さんが、一生懸命「大幣」(というんですか、あの白い紙で作ったふさふさした道具)を振りながら、必死でお祓いをしている。不謹慎かもしれないけど、その小さな巫女さんの様子が可愛くて、つい見とれて光の放射ををやめてしまった。すると、一生懸命正面を向いてお祓いしていた巫女さんがぱっと振り向き、

「何してるんですか!止めないでください!」

叱られたんだけど、かなり可愛いい。ほとんどその小さな巫女さんのために頑張った。すると晴れていた空がにわかに曇りだし、風がおこり、雨が降り出してきた。「おいおい」とちょっと文句を言いながら、やはり私の力だけでは無理なので自然が雨や風で手伝ってくれるんだと納得した。ひとしきり頑張って一時的に「気」の流れを良くしたところで、意味を尋ねてみた。

すると、この地は古代の太陽神を祀る場所で、その小さな巫女は「ひみこ」だというのだ。

また、ひみこ!?・・これでひみこと名乗る人に会ったのって何人目?

むかし、むかし、日本に「国」というのが出来始る前から、この地に住む人々は神々と共に生き、常に神と対話しながら生活していた。

その神々の頂点に立つ太陽神をおろしてメッセージを人々に伝えたり、太陽神のパワーを天上から引き込み、この地にゆきわたらせる、このような役目の仕事をする人々がいたらしい。

国が出来た後も、「まつりごと」は「政治(まつりごと)」と「祀り事(まつりごと)」に分かれており、基本的には「祀り事」が上位だったらしい。

西暦200年ごろ、その「祀り事」をおこなう組織化されたひみこが現れだしたみたい。

この佐賀の乙文殊宮も太陽神をおろすスポットで、今回お会いした小さいひみこ(次からひなちゃんと呼びます)もひみこの時代からここにずーといて、一生懸命この地に太陽神からのエネルギーを与えていたそうです。

ところが、最近(といってもひなちゃんにとっての最近)この地にこの乙文殊宮というお宮が建ち、それ自体の信仰は問題なかったのに、ここ 最近変な風習で、このお宮に合格祈願の落書きをすると叶うといううわさが流れ、いたるところから、合格祈願に落書きをしに来る人が現れ、この有様に なった。

耳なし法一という話があるが、法一は亡霊に連れて行かれないように身体中にお経を書いてもらったため亡霊は法一の姿が見えず、唯一忘れた耳だけが亡霊に見 えたため、耳をひきちぎられたが、その逆で、ここは神様が降りてくる場所なのに、お経とは真逆の、人間の欲と願望の文字で書きうずめてあるため、ひなちゃんが、必死でお祓いをしているんだけど、どんどん「念」に押しつぶされてひなちゃん自身が小さくなったみたい。

ひなちゃんを助けてあげて。

今回の指令はそういうことみたいなのだ。

今まで会ったひみこは意外と気が強いしっかり者が多かったのだが、今回のひなちゃんはさすがにほっとけない。子どもと動物に弱い私のつぼを押さえている。ちょっと複雑な気分だった。

「さあどうしたらいいんですか?」
「答えは簡単。ここの落書きを奇麗にして。」

どこが簡単だ!と思いつつ、ひなちゃんのうるる目に逆らえなかった。

それからが大変だった。休みを見つけては佐賀まで行って、一日掃除婦。まず、現地に水がない。この体力がない私が毎回2リットルのペットボトルを二本リュックに背負い、エプロン姿で箒を片手に山道を50分。しかし、こすってもこすっても落ちない!あれやこれや試行錯誤のすえ、新種のサンドペーパーに出会い、少しづつすり落とす作戦に落ち着いた。

その間ひなちゃんはというと、

「すごい!すごい!きれいになってゆくわ!ほんとにほんとに、すこーーーしずつだけど!」

と褒めてるのかけなしてるのか分からないけど、ひたすら喜んでいた。

最初はこの膨大な「落書き」落とすのに何年かかるかしらと思いながらやっていたが、だんだんなんだか自分の心の汚れを落としてゆくような感覚になり、

”運動不足の私にとっては丁度よいくらいの山登りだし、誰も訪れないこの場所で一人黙々と「落書き」を落とす行為は瞑想に近いものがあるな。”

と、考えるようになった。

なるほどこれはかなり「徳」を積む行為になる。と「落書き」落としに前向きになりだしたとたん、今度は、『一人で徳を積むのではなく、この行為を皆に広げるように』というとんでもない指令が来た。

”やめてー。一人でならどうにかやるけど。こんな変な話、人にはできない。それに佐賀には友達どころか知り合い一人もいない。”

不安そうに見つめるひなちゃんにごめんねって言いたくなった。

山を降りてどうしようと、一人近くのうどん屋さんでうどんをすすりながら考えていると、うどん屋のご主人が話しかけてきた。変な話はできないから、当たり障りの無い話を続けていたが、

「ちょっとした縁で近くの乙文殊宮の落書きを消そうと熊本から時折訪れている」と言ったら、
「はー熊本から。なんてことだ地元の人間がすることなのに、佐賀の人間が動かないと罰が当たる。」

そういってIさんという女性を紹介してくれた。 うどん屋さんは、それからも気にかけてくれて、脈がありそうな人に声をかけてくれた。そうすると、あれよあれよという間に人が集まりだした。 でも、こうなると勝手に掃除しますとも言ってられなくなりる。実際あのお宮を管理している人がいるはずだし、その方にも一声かけておかなければ・・・。地域の役所に連絡して、その地区の区長のYさんを教えてもらった。

電話にてYさんとお話しすると、

「あの落書きはひどいと思っていましたが、地区の人達は協力出来ないかもしれませんし、お金も出せませんよ。」という返事だった。
「大丈夫です。落書きを消すという行為を許可していただければそれで結構です。」
「だったら多分皆何もいうことは無いと思いますよ。」

Yさんにそう返事をいただき、正式にパンフを作成して活動しはじめた。もう後には引けなくなった。

そして事件が起こったのだ。

最終更新 ( 2010年 9月 07日(火曜日) 17:39 )