2011年 6月 21日(火曜日) 03:33

ソウルメイトについて

作者:  編集責任者
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先日、能力者の方から以下のような事を言われた。

「浅川さんのソウルメイト見えたわ。やっぱり変わってる。あなたのソウルメイトって、人じゃないわよ。地球そのものがあなたのソウルメイトなのよ。そんな人はじめて会ったわね。」

私には、ソウルメイトというのはよく分からない。元々の考え方からすると、人間の命というものは元々同じエネルギーが一定の期間、海の波の様に、波立ち「波」という形を保持している間、一定の個性を持って居ると思ってる。

従って、その波の形状というかあり方が似通る場合、生変りであると認識される。

そんな感じで捉えてる。その波は勿論様々形状をしていて、エネルギーの強さも様々、それが人間以外の動物や植物に宿ることで「生命」が存在している。と、そんな流れだ。

そう捉えると、一定の形状のソウルメイトというのは、存在するのかも知れないけど、結局は皆同じエネルギーの一部だと思う。

つまりは全ての命あるものはソウルメイトであるということだ。

つい私たちは、私たちの立場で私たちの利益を考えてしまうが、それはもう独善的な視点以外何ものでも無いだろう。

例えば害虫と呼ばれる虫たちを私たちが殺生することは、その虫たちの立場に立てば、とんでもない悪であり、人間にとっては、必要な善であるが、これら相対的に変化する価値を理解して行為を行う必要がある。

当然、我々はキリスト教においても罪深い存在であると言われているし、仏教的に言っても、四苦八苦の中に存在していてそれほどおめでたい存在であるとは認識されていない。

私たちは、生きているだけでその存在に問題を抱えているということになる。

しかし、この世界はすでにパーフェクトでもある。そして人間もその世界の一部だ。

要は、判断自体の主体を何処に置くかに過ぎない。

相反する価値基準がこの世では同時に成立する。それって、結局私自身がその中から何を選ぶか?という事に繋がり、さらにはこれら多重に存在する価値観を選ぶ自由も与えれれているということになる。

もし、世の中が絶対的な価値観で決めることが出来るとしたら?あなたはその世界に住んでみたいと思いますか?

全ては結論づけられ、進む道も決定しているなら、我々は「個」として存在出来ると思いますか?

私はそうはおもいませんね。

 

 

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