2010年 12月 14日(火曜日) 01:43

価値観の分裂化傾向

作者:  編集責任者
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ちょっと分かりにくい書き方になるかもしれませんが、現在のネット文化の影響で何が起きるのかを考えてみます。

インターネットの発達する前の時代と、その後の時代での情報に関する大きな違いの一つは、情報のオンデマンド化にあると思います。つまり、好きなときに好きな情報を得ることができるということになります。これは非常に便利なことでもありますが、それと同時に体系化された情報よりも、分断化された情報を多く受けることにもなります。

インターネットの特性として、ランダムアクセスが可能だということが挙げられるのに対して、これまでのメディアの情報はリニア(一定方向に流れるというような意味ですね)に存在していました。

例えば、紙という媒体における「本」などの存在もそうです。「本」の中で語られる情報は初めがあり終としての結論が存在する場合が多いですね。雑誌はそれに対して、ランダムアクセス的です。つまり記事がコラム的に分割されています。

それにしても、ある一定のスタンスみたいなものが存在している場合が多く、それらは全体として何らかの方向性を持っている場合が多いわけです。

ところが、インターネットの場合はリンク構造という非常に便利な情報の連携機能を持っていますので、それら体系の中から、いともたやすく脱出できます。簡単にいえば、ネットサーフィンのように興味のある内容を見ていて、読み続けるうちに、リンクをたどっていて、ふと気づくと全く違う内容のページを見ていたという事になります。

そのような形で各々が情報を捉えていると何が起きるのか?

情報の分断化は価値観自体の分断化を起こします。

断片的な情報を元に物事を判断するわけですから、そこに本質的な理論などが構築しにくくなると考えられるのですね。この傾向が物事の決断力みたいなものに影響がないとはいえない時代なのかな?と思ったわけです。

先日、学生と就職の件について話したときの事です。彼に対して言いました。

「どんな職業に就きたいの?」

「先生、おれ、取締役になりたいです。だって取締役って仕事しなくてもお金もらえるんでしょ?」

「いや、仕事しなくてもお金もらえるというのはないよ。取締役には取締役という役目があるから会社運営のための会議や何やら色々やるべき事をやらないとだめだよ。しかも会社の業績が悪ければただ働きになることもあるよ」

「え?そーなんすか?やっぱり仕事するんだ。んじゃ、やっぱやめます。」

「それに取締役という職業は存在しないね。それは会社の中の役職であって、職業ではない。」

実際の会話では、落ち着いた感じのやりとりだったんですが、内心私は動揺していました。

”と、取締役というものをどういう風に理解しているんだろう?!しかも、簡単に「辞める」って言えるなんて。。。”

全ては気分です。気分がその人の価値観となっています。それらは分断化され自己矛盾を内包しながらも、無意識的に決断を回避して、物事を決めること決めることの重大さから逃走していきます。

それはアイデンティティーの分裂を意味します。

大丈夫かな日本、と思ったのでした。

 

最終更新日: 2010年 12月 14日(火曜日) 02:28

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