ここのところ「癒し」という言葉が一人歩きしているような感じもしますが、皆さんにとっての癒しとはなんでしょう?
どうも私が感じている一般的な「癒し」とは実は、実態がないというか、それぞれの価値観の中に存在しているために、客観性が薄いものの様な気がします。
勿論、それらを感じる主体自体が主観において存在しているために、共通言語としての「癒し」というもの自体が存在していないわけですね。
昔、ノイズミュージックを聞いていたい時期があるのですが、その時はそれら雑音が自分にとっての癒しであったわけです。ノイズミュージックを大きな音で聞くという行為は一見すると癒しとは程遠い様に思われがちですが、実は、意味のない雑音を過剰に聞くと、脳がオーバーヒートするというか、分析することを諦めた状態になって、逆に静寂を感じられる状況になるんですね。
わざと麻痺させて情報を遮断するという方法論です。
従って、通常であればストレスとなる雑音が逆に、思考停止のための「癒し」となるということです。過剰な情報は、思考を破壊し、秩序を奪ってしまう。
これって、現代のネット社会に於いてもある意味、当てはまることなのかもしれません。ネットによって民主化された情報の海の奥にあるものは、結局「無」なのかもしれませんね。その「無」に癒しがあるのか?または、そのカオスの奥には、さらなる秩序があるのか?
とても難しい事だと思います。
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